踊りませんか。

きれいなもの至上主義

戦国武将に憧れて、の話

 わたしの贔屓は “日本物の雪組” 出身で、ご本人も日本物好きを公言しているため武士や町人や大名といったお役をよくやっている。鶏が先か卵が先か、わたしも日本物は大好きだし日本の伝統文化にも比較的興味がある方だと思う。小学校5年生の頃「伝統工芸の継承者が少なくなっていてピンチ」みたいな話を塾で聞いて「これはわたしが継ぐしかないのでは…!?」と真剣に考えたこともある(結局普通のサラリーマンになりました)。

 そんな中で、今わたしが興味を持っているのは専ら「切腹」である。なんかちょっと物騒だが、興味があるのは腹を切ることそのものというよりは切腹に至る精神性の部分だ。雪組バウホール公演『銀二貫 −梅が枝の花かんざし−』で、主人公の彦坂鶴之輔はこう歌う。

どこへ行けばいい 何を目指して どこへ行けばいい 誰を頼りに この命の捨てどころはどこにある

 直前、死にゆく父に「生き続けろ、何があろうとも」とか言われているのにこの発言である。話聞いてた?という感じだが、きっと当時の武家階級の人からすると命は守るものではなく捨てるものなんだろうなというのが印象深かった。

 『銀二貫』以外にも、その精神性に興味を持つ大きなきっかけとなった作品がある。雪組大劇場公演『星逢一夜』。数多くの雪担にトラウマめいた爪痕を残したであろう本作品はわたしの心にも深く刻まれている。その中で贔屓は主人公に何かと突っかかる嫌な性格の大名を演じていたのだが、出番も役の重みもそんなにないはずのそれがわたしにはクリーンヒットしてしまった。たぶん、「血筋」や「家柄」みたいなどうしようもないものを生まれたときから背負わされている人に弱いからだと思う。

 出番の少なさによる飢餓感もあり、公演中、いや公演が終わってからもその大名家にまつわる本を読んだりして情報を集めた。そのお家は室町時代から続く名家で、最も書籍が充実していたのが戦国〜江戸初期の当主たちについてだったので、「ご先祖様…」とか思いながら本を読み、その政治感覚の鋭敏さ、命をかけた戦に臨みながらも文化を愛する姿に贔屓の役とか関係なしに憧れを抱いた。余談だが本を読み終わった頃、贔屓は太陽王治世下のフランスで主人公に何かと突っかかる嫌な性格のイタリア人剣士を演じていた。

 ともあれ、戦国武将めちゃくちゃカッコいい。もうなんか戦国武将になりたい。何かに憧れるとすぐ同化願望を発揮するタイプなのでそう思った。そしてこの時代においても頻出する価値観が前出の「命の捨て所」だった。

 現代人の感覚からすると「いやカッコいいけど命軽すぎない?」といったところである。命のやりとりが当たり前のように行われていた時代だからこその価値観だとは思うのだが、当時の人は死ぬのが怖くなかったのだろうか。戦とかで他人にやられるならばまだしも、切腹に至っては自らめちゃくちゃ痛い思いをして腹を切るのだ、どの時代にあってもそれは怖いし嫌なんじゃないかと思う。わたしはバリバリの現代人なので、愛も誇りも信念も命の危機に瀕したら投げ出してしまう気がする。死ぬのは怖い。痛いなら尚更だ。

 タカラヅカにおいても頻繁に登場する「愛のために命を投げ出す」人。あれも実はイマイチ理解しきれていなかったりする。愛のために死ぬってどういう気持ちなのだろう。「贔屓の写真を踏むくらいなら死ぬ」とか言ったりするけれども、実際に「踏まなかったら殺す」と言われたら多分ほんとごめんと思いながらも即踏む。親兄弟のために死ねるかどうかも分からない。自分の子供だったらどうだろうとは思うが、産んでいないのでこれも分からない。ましてや恋人なんて極論赤の他人である。

 そうそうできないことだからこそ物語になるのだと思うし、自分にない価値観だから観劇に際して本気で感動して泣いたり輝いて見えもするのだが、その気持ちの一端だけでも理解してみたいと思う。愛や誇りや信念やカッコよさ、そういったもののために「自分の人生をここで終わらせてもいい」と思うその気持ちが理解できたら、憧れの戦国武将にもちょっと近付けるかもしれないし、タカラヅカの作品も見え方が変わるかもしれない。

 というわけで戦国武将への憧れが若干変な方向に行っている自覚はあるのだが、今わたしの中では切腹が熱い。もしかしたら何かのヒントになるかもしれないと思って茶道も習い始めた(今のところ入門すぎて何のヒントも得られていないです)。これについて何か理解が進んだらまたご報告します。今回は以上です。

ヅカヲタと恋愛の話

 30代で独身なんて最近では全然珍しくもないのに、世の中には「恋愛の話は誰に対してもテッパン」と勘違いしている層が存在するので、よく「結婚しないのか」「彼氏は作らないのか」と聞かれる。特に歳の離れた男性、いわゆるおじさんたちはそのような話をしてくることが多い。おじさんとは会社、しかもごくごくたまの飲み会とか他部署との横断プロジェクトでくらいしか接する機会が無いのだが(わたしのいる部署は平均年齢が低い)、わたしとの共通の話題は「恋愛」しかないと思っているのだろう。それを聞かれるたびにわたしの返す答えは「結婚願望が無いし恋愛もしたくない」一択だ。

 その回答を聞くと、だいたい彼らは「信じられない」みたいな顔をする。おじさんたちの中でも異性関係に積極的なタイプが多い職場なので、こういう価値観に触れるのが初めてなのだろう。信じられないものになんとか理由を付けようとわたしについての周辺情報を脳内検索して、そして一つの結論を導き出す。「それってタカラヅカが好きだから?現実見なよ〜」

 何度その台詞を言われたか分からないのだが、最近はもう言葉で反論するのも面倒くさくて「……(失笑)」という反応で済ませている。相手が結構偉いおじさん(役員とか)だったりしたときは「話せば長くなりますが全然違います」くらい。もし対象が異性芸能人だったら余計に決めつけが酷かっただろう。しんどい世の中である。

 

 そこそこの年齢で未婚で、かつ手の届かない人物に熱を上げていると頻繁に聞くこととなる「現実見なよ」という台詞。この台詞はわたしにとっては以下の3点において的を外している。

  1. わたしはジェンヌに恋をしているからヅカヲタをやっているわけではない
  2. 現実を見たところで恋愛や結婚に対して興味関心意欲は沸かない
  3. そもそもアドバイスを求めているわけでもないので、わたしの生き方に口出しされる筋合いがない

 

1. わたしはジェンヌに恋をしているからヅカヲタをやっているわけではない

 ヅカヲタにも様々な愛の形がある。わたしはどちらかといえば親心的なものの方が強く、そりゃあもし万が一彼女に結婚してくれと言われたら秒で結婚するけれども、基本的に彼女を恋愛対象として見たことはない。贔屓はあくまで「ずっと幸せでいてほしいひと」であって、別にわたしのことなんか認識さえしてくれなくて構わないのだ。よく友人たちには「重い」と笑われるのだが、とにかく彼女が彼女の望むように、幸せに生きてくれればそれがわたしの幸せだ。

 余談のようなそうでないような、わたしは現実世界で接する人間に対してこんな気持ちを抱いたことがない。一番近いのは二次元の推しに対しての気持ちだろうか。この気持ちを言い表すならば「じいやとして大切にお育て申し上げた姫を慈しんでいる」という表現がいちばん近い気もするが実態と一箇所も合っていないのでなんだか言いづらく、加えて「真っ直ぐ舞台に取り組む真摯な姿勢に対する尊敬」みたいな要素が入っていないのですべてを説明しきっているわけでもない。この気持ちをなんと表したらいいか、ずっと考えている。

 

2. 現実を見たところで恋愛や結婚に対して興味関心意欲は沸かない

 わたしは基本的にひとりでいるのが好きだ。恋愛経験が無いわけではないけれども、恋愛中の自分はなんだか違和感があって嫌いだった。感情のコントロールが極めて困難になるあの感じは、わたしが思い描く理想の自分とはかけ離れたものだ。前項でもわかる通り基本的にわたしは愛が重いのだ。手の届く範囲の人にそれが向いたとき、その重みぶんの力で自分自身が振り回されてしまう。

 大昔、2年くらい続いた初めての恋人と別れたとき、ショックを受けつつも数週間後ふと漏れた感想は「ああ、正常に戻った」だった。感情の暴走こそが恋愛の醍醐味だと仰る向きの言いたいことも分からないでもないけれども、わたしはそんな自分がどうしても好きになれない。それを押してでも恋がしたいくらいの相手と出逢ったなら話は別だが、わざわざ自分を嫌いになる機会を探しに行く気にもならないのだ。わたしは自分のことを好きでありたい。

 もちろん、恋愛そのものを否定するわけではない。愛を描くのが至上命題であるタカラヅカにハマっているくらいだし、恋愛映画や漫画、小説も好きだ。ついでに他人の恋バナはめちゃくちゃ楽しい(最近は周りがほとんど既婚者なのでとんと聞きませんが)。恋愛はテーマとしてはとても興味深いが、それが自分に降りかかってくるのは遠慮願いたいのである。

 …と、そんなことを話すと「でも寂しい時はあるでしょ?」とか訊かれるのだが、これがまた全くない。かれこれ10年以上「寂しい」とか「誰かといたい」とか思った覚えがないのでホンモノだと思う。もともとかなりぼっち志向が強く、むしろ人といる時間が長すぎると疲れてしまうのだ。遊んでくれる大好きな友人たちもいるし職場でも人と相対する時間が長いので、わたしの寂しさメーターはそれであっさりリセットされてしまう。それゆえ、恋愛に興味関心および意欲を向ける材料が一つもないのである。

 というか別に寂しかったとしてもそれは自分でした選択の結果なので構わないし、耐えられなくなったらまた自分でどうにかするので大丈夫です。「愛する人の存在が “良い人生” には不可欠」という価値観を否定はしないけれど、時折、少し窮屈だ。

 

3. そもそもアドバイスを求めているわけでもないので、わたしの生き方に口出しされる筋合いがない

 恋愛の話というのは他人との関わり方という意味でわりと人の生き方に関わってくるものだと思うのだが、他の同様の話題に比べて他人がなぜか口出しをしてきやすい。こちらからアドバイスを求めたのならその限りではないが、そうじゃない限りどんなに含蓄に富んだアドバイスであろうとわたしにとってはクソバイスである。そういう意味では、たとえ「現実世界で恋人が欲しいがジェンヌにガチ恋している」という場合においてもアドバイスを求められない限りはクソバイス。「現実見なよ」というのは「恋人が欲しいがジェンヌ級にきれいでカッコよくてかわいい人じゃなくちゃ嫌だ、どうすればそういう人と出会えるのかアドバイスをください」などと尋ねられた場合においてのみ有効な返答であって、その他の場合には何ら聞く必要のない言葉なのだ。

 

 もはやただの愚痴に理屈をつけて長文にしただけ感があるが、ヅカヲタ(というかわたし)が悩まされがちな「現実見なよ」問題について日々思っている「そういうことじゃねえんだよ」を言語化してみた。この話は以上です。

「研10」の話

 贔屓がこの春研10になる。男役10年と言われるように、一つの節目である。そのこと自体は単にめでたしという話なのだが、何かにつけて感じやすいファンにとってはほんのわずかに心に去来するものがあったりする。

 わたしが贔屓に出会ったのは、たしか彼女が研6くらいのときだったと思う。周りには新公初主演のときから追っているような古参の方々がゴロゴロいるのでわたしなどはまだまだひよっこなのだけれど、それにしても好きになってから新公主演~卒業・バウ主演・ポストカード発売・組替え・東上主演決定・グラフの表紙・三番手羽根とあらゆるできごとがあった。それら一つひとつはまたいつか違う区切りができたときにでも振り返るとして、研10となると彼女もいよいよ本当に上級生だなあという感慨と同時に、「(よっぽどのことがない限り)男役としての彼女のキャリアは折り返し地点を過ぎている」ということも薄っすら感じてしまう。つまり何が言いたいかというと、今まで遥か先のことだと思ってきた「退団」が、僅かに実体を持ち始めたような気がするのだ。

 誰にだって退団のときはやってくる。タカラヅカの輝きはそのときが有限であればこそだ。それについては百も承知だしそれが嫌だということはないのだけれど、それを思うときわたしの心には寂しさにも満たない小さなため息のような感覚が訪れる。本当に些細な、取るに足らない感傷。「とにかく今の彼女を全力で応援したい自分」が100だとすると「いずれ来る彼女の退団を意識してしまう自分」は0.1くらいの比重ではあるものの、「研10」がきっかけでその感傷が生まれてしまった。たぶんこれから年々それは育つのだと思う。

 管理職になれば話は別だけれど、今のところ彼女はゴリゴリの路線男役なので、その可能性は薄い。まさか劇団理事にということもあるまいし(いやわからないけど…)、これまでのトップさんたちを見てもだいたい研19くらいで退団されている。ちなみに、100周年以降のトップさんの平均退団年次は研18くらいである。つまり、まだどうなるかなんて全然分からないけれど、残っているのはどんなに長くてもあと9年くらいなのだ。(とかいって何かが起きて10年以上在団してくれるかもしれないけど。それならそれでわたしは嬉しい)

 9年。たぶん一般的には「いやあと9年もあるでしょ…(引)」という感じだと思うしわたしも冷静になればそう思うのだが(なんたって今のわたしのファン暦の2倍以上ある)、どうにも「既に折り返している可能性が高い」という事実の方が重みを持って感じられてしまう。色んなことに対して理屈っぽいわたしではあるが、こればかりは理屈ではないのだ。

 

 この話に結論などない。結局行き着くところは「いつそのときが来てもいいように全力で今の彼女を応援する、あとお金を貯める」でしかないし。ただ、春という季節がわたしにこの記事を書かせたのだと思う。

 あまりにただの感傷吐き出し記事になってしまって恐縮なので、最後に100周年以降のトップさんのご経歴をまとめた表(データ出典:Wikipediaなので間違いがあったらすみません)を置いておきます。一番右列は参考までにわたしの贔屓の経歴です。これをまとめる作業がめちゃくちゃ楽しかったのでタカラヅカ史の編纂とかを仕事にしたいですね。以上です。

 

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ヅカヲタと仕事の話

 ヅカヲタとして生きていると公演単位でしかものを考えなくなるのであまり実感がわいていないが、世間はまもなく春だ。タカラヅカでは研1さんたちが入団し、わたしの贔屓も学年を一つ重ねる。下界においても多くの企業にとっては年度の変わり目で、色んな人が会社を去り(人材流動の激しい業界に身を置いているので3月はとにかく「退職のご挨拶」というタイトルのメールが飛び交いがち)、また新たに仲間に加わる人もいる。

 わたしももういい年なのでここ数年は採用活動にちょこっと協力したりしているのだが、学生の前に出るときもオタクであることを全く隠していないので、そういったことについて尋かれることが多い。

「休みは取れますか?」

「趣味と仕事はどうやって両立しているんですか?」

「夜は何時くらいに帰っていますか?」

などなど…。確かに、社会人かつオタクとして生きようと思うと必ずぶつかるのが「仕事との両立」の壁。「会社に入る」という選択をする場合は就活のときにそのへんを見据えて業界や会社を選ぶかどうかでQOLが大きく変わる気がする。自分を振り返るとそのへんあまり考えずにフワ~っと就職してしまったのだけれども(運よくオタクが生きやすい会社に入れたので無事に生きています)、会社員研10になろうとしている今、どんな環境ならオタクが生きていきやすいかを改めて振り返ってみようと思う。

※いつものことながらわたしの個人的な感覚の話なので、あくまで話半分でよろしくお願いします。東京にあるそこそこのサイズ感の会社に新卒で入った人間が書いています。あともうだだ漏れだと思いますが、人生の柱として「仕事」で自己実現図っていきたいし結婚や子育てには全く興味がないタイプのオタクなので、そういう価値観に基づいた話です。

 

0. まず自分の優先順位を見定める

 まずは前提から入ろう。自分の優先順位=オタクとして生きるには何が必要かである。わたしは今ヅカヲタ、しかも同一公演に何度も通うタイプのヅカヲタなので、何よりも欲しいのは「自分のタイミングで休みが取れる環境」+「公演に通えるだけの金」だ。逆に言うと贔屓が舞台に立っていない期間は忙しくても構わない。

 これが例えば二次元のオタクで同人活動に命かけてます、とかになると少し話が違ってくる。休みが取れることはもちろん大事だが、どちらかというと「一日の中でどれだけ原稿を進める時間が取れるか≒一日の拘束時間は長すぎないか」+「イベントのある土日は休みか」の方が大事だろう。個々人の手の速さもあるが、28pとか32pとかの漫画は1日2日では描き終わらない(少なくともわたしは1ヶ月くらいかかる)。時たま取れる丸一日の休みより、恒常的に早く帰れることの方が重要である。

 わたしが働いているのは完全に前者向けの職場だ。入社5年目くらいの時にとある漫画にドハマりして1年で5~6冊計200pくらい同人誌を出したこともあったが、そのときは結構キツかった。原稿を進めたい、けど家に帰れるのは日付が変わってから。そして別に休みの日だからといって1日に20p描けるわけでもなし……。明らかに今の方がオタク生活は楽にできている。

 

1. 働き方

 さて、ここからが本題…といいつつ優先順位の話でほぼ語りつくしてしまった感じもあるのだが、まず重要なのは「その会社でわたしは何をするのか」である。多くの会社は採用してから研修を経て決めるという感じだと思うし自分でどうこうできる話でもないのかもしれないのだが(希望くらいは出せるとこが多いのかな…)、あえておすすめするとするなら裁量労働の利く個人商店的業務がヅカヲタのような現場の発生するオタクには優しいと思う。

 今話題の裁量労働だが、「帳尻は合わせるから今日は初日に行く!」というのができるのはむちゃくちゃありがたい。スーパーフレックスなら「日曜にムラでお茶会だからその日は宿泊して翌日昼の便で戻ってきて出社する」とかも可能である。ブラボー裁量労働。めっちゃ助かってる。

 ただ実感として、裁量労働はチーム業務には死ぬほど向いていない。皆がオフィスではないどこかに散っていると連絡が滞るからだ。「話せばすぐなのに電話とかメールだとイマイチ伝わんないな~」ということが世の中には多数あるし、基本的には一人で仕事をしているわたしでさえそういう細かい相談事項が発生することはある。だが、今のところチームウェアなどを駆使してもそこの溝を埋めるには至っていないと感じることが多いのだ。こういう小さい連絡の行き違いがいくつも重なるとトラブルの引き鉄になったりすることもあるので、裁量労働は今のところ個人商店的業務とセットで考えたほうがいいと思う。トラブルが起きて予定していた公演に行けないなどの悲劇を生まないためにも。

 ちなみに「個人商店的」とは、「自分一人でする仕事が多く、かつその仕事が場所を選ばないもの」という意味で使っている。具体的に職種を挙げられるほど世の中の仕事について詳しいわけではないのだが、ライターとか企画職とかはイメージに近いんじゃなかろうか。もちろん人それぞれあるとは思うけど。

 

2. 労働時間と報酬

 死ぬほど働いて死ぬほど稼ぎたいか、そこそこの時間でそこそこ稼ぎたいかという話である。特にこれといって資格も技能も無い場合はだいたいにおいて労働時間と報酬が正比例するので、この二つは切っても切り離せない。死ぬほど働いて死ぬほど稼ぐのもそこそこの時間でそこそこ稼ぐのも、それぞれにいいところ・悪いところがあるので、自分に合うのはどちらかを見極めるのが非常に重要だ。(「めちゃくちゃ働くのにあんまり稼げない」という仕事は滅びればいいと思う)

 生々しい話だが、ここが自分とフィットしないとなかなか辛そうだな~と思うことが多い。オタクを続けるにはなんだかんだで金が必要なので稼げるに越したことはないと思うのだが、自分がやりたい以上の労働を求められたり能力や適性に合わない仕事を振られたりして心や身体を壊したり(結構見かける)、逆に収入を理由にオタク活動をセーブしなくちゃならなくなってストレス溜めたりするのは辛すぎるので、自分の内なる声および冷静に見たときの能力や適性と向き合ってベストな落としどころを探ることが必要だと思う。

 おすすめしたいのが「どのくらいの貯金があれば老後困らずに暮らせるか」というのを算出して、「今から○年で○万円貯めればOK」という基準を作ること。そうすると月々の収入がいくらくらいあれば無理せずしたい生活ができるとか、オタク活動にどのくらい遣っても大丈夫そうかとかがなんとなく見えるので、会社選びの基準にもなるし何より気持ちがずいぶん楽になる。「(今月は贔屓に○万円遣ったけど)貯金してるから大丈夫」は最強の効き目を持つおまじないである。ただし計算時には自分に対する過剰な期待とか見栄とか楽観的予測とかは排除しないといけないので、冷静かつ慎重に。

 

3. 社員の性質

 「他人のことにあまり興味の無い人が多い職場」は居心地がいい。職場に家族的な人間関係を求めたい人にとってはつらいかもしれないが、わたしはあまりそのへんを求めないのと、いい加減「同じ公演何十回も観るの!?なんで!?」に対していちいち説明をするのに飽きてきたので、「公演が始まるので忙しい」「へーがんばって」で終われる今の職場は至って快適である。

 人間関係の濃さ・重さは部署にもよるので入社前に探るのは結構難しいかもしれないが、OB訪問とかでなんとなく「この会社は人間関係が濃そうだな…」と思ったら警戒してもいいと思う。わたしの感覚ではチーム仕事が多い会社・部署は当たり前ながら人間関係が濃い傾向にある気がします。別に人間関係が濃くても(性格や頭が)いい人たちばかりなら大して問題ではないが、体育会系オラオラみたいなのに巻き込まれると大抵の文化系オタクは死ぬので気を付けよう。研10くらいになると嫌な絡みには露骨に嫌な顔をすることで黙らせるという力技も効くが、若いうちはそういうのもなかなか難しかったりもする。

 

まとめ

 もうそんなに書くこともないのだが、ちょっと生々しい話をしすぎてドキドキしてきた。まとめると裁量労働で個人商店的な仕事かつドライな職場は特にヅカヲタにお勧め」ということなのだが、人それぞれに嗜好も適性も能力も違うし趣味との関わり方も違うので、何よりも大事なのは自分の内なる声に耳を傾けつつ作りたい環境を分析することだと思う。

 そしてもう一つ、「好きなものはわりと変わる」ということも最後に記しておきたい。入社時はゴリゴリの二次元オタクだったわたしが、気づけばすっかりヅカヲタである。入社時に最高だと思っていた職場が一転ものすごく身動きの取れない場所になってしまう場合もあり得るし、その逆もまた然りというわけだ。そのときどき、自分の気持ちに応じて環境を変える覚悟とそれを実行できるだけの実力みたいなものも大事なんじゃないかなと思ったりしている。転職したことのないわたしが言ってもあんまり説得力ないけど。

 結局参考になるんだかならないんだか良く分からない感じになってしまったが、この話はこれにておしまい。

関西に5泊6日したときの話

先日ちょこっと言及した「贔屓のバウ主演に合わせて4泊5日×2セットの遠征をキメた」ときの話をします。

と言いつつ実際は2泊3日→2日間東京に戻る→5泊6日という流れでした。嘘ついてすみません。正直5泊もしていた自覚がなくて、カウントしてみて軽く震えました。その翌年もバウ公演があったのですが、そのときは4泊5日→2日間東京に戻る→3泊4日というスケジュール。

贔屓の東上主演が決まったので今度は2泊3日→2日間東京に戻る→3泊4日をする予定です。遠征は正直疲れるからあまり好きではないのだけど、トントン拍子で出世していく彼女を見守れるのが何より嬉しいのでオールオッケーです。あと9日間しかないのでバウより全然楽。

 

今回は最初の5泊6日をベースに、どんな感じだったか振り返ってみます。

 

主演発表〜休暇取得

もう2年以上も前のことになるのが信じられないが、贔屓のバウ初主演が発表されたのは2015年春のことだった。わたしは確か普通に仕事をしていて、でもそのニュースを見た瞬間心臓が大きく一回跳ねたその感覚だけはよく覚えている。日程を確認してすぐ、上司のデスクに向かった。

「ちょっといいですか」

「なに?」

「わたし11月休みますわ。結構大胆に

「は?」

「贔屓の初主演が決まったんですよ。関西で11日間しかないから全通ベースで考えてます。仕事は大阪でします」

「そうすか……」

確かこんな感じのやりとりで根回しを済ませ(ユルい会社ですいません)、大型遠征の実施がほぼ確定した。

会社によっても部署によっても、更には時期によっても休みの取りやすさはずいぶん違うので一概には言えないものの、わたしの場合スムーズな休暇取得に効いたのは以下の4点だったと思う。

  1. 上司との関係性
  2. 働き方・職種
  3. 有給・振休の溜まり具合
  4. 「こいつには言っても無駄」というパーセプション

自分ではどうしようもないことも含まれるので本当にラッキーというしかないのだが、一応効いたなと思った順に並べてみた。

以下、「わたしの場合」でしかないものの、一つずつ説明します。

上司との関係性

これはもうマジで運が良かったとしか言いようがない。今の上司とはかなり付き合いが長くて、わたしの趣味や性格についても理解が深いし「観ておかないと一生後悔するから何があろうと休む」と言いやすかった。4月に「11月は休む」宣言をしてから毎月のようにリマインドを繰り返したのに直前になって「えっ休むの?」とかすっとぼけたことを言いだしたのにはびっくりした。有給の承認したのあんたやんけ~~!そして散々リマインドしたのにちゃんと聞いていなかったあっちが悪いので、無視。帰京後馬車馬のように働かされたのでトントンだと思う。

働き方・職種

正確に何と言うんだかは分からないし会社によってもだいぶ違うと思うのだが、わたしはスーパーフレックス的な「月間○時間以上働けば出社・退社時間は自由」みたいな形態で働いている。そして仕事の内容も「期日までに成果物ができていればオッケー」的なものなので、普段から時間と場所と人の縛りがほぼ無い。そのため大胆に休んでもあんまり周囲に気付かれなかった。別に気付かれたとてどうということも無いのだけれど(個人商店的な部署なのでみんな他人の勤怠にほとんど興味がない)、気持ちはラク。改めて書いてみて思ったけどうちの会社オタクには天国だな…

有給・振休の溜まり具合

単にめっちゃ有給・振休が余っていました。

「こいつには言っても無駄」というパーセプション

一番下には置いたものの、もしかしたらこれが一番効いていたかもしれないとも思う。比較的ウェイ系の多い社内で入社当時から実在しないものへの偏執的な愛情フルオープンのスタンスでいるので、職場ではもはや宇宙人か珍獣か、みたいな扱いになっている。宇宙人に何を言っても無駄だ、だって言葉通じないもん。全ての業務を「11月の○日~○日はいないんですよね~、なので膝詰めでの打ち合わせはその前後でお願いします☆」で済ませられたのはこのパーセプションがあることが大きかった、ような気もする。これを獲得するにはデスクに贔屓のスチールなどを飾ることをお勧めします。あとタカラヅカについて何か尋かれたら突然目を輝かせ普段の3倍くらいのスピードで滔々と語り出したりするのも効果的です。

 

遠征準備:スケジューリング

というわけでわりとスムーズに休暇取得準備ができて、続いて遠征の段取りに入った。期間中2日間だけどうしても東京にいなければならない日があったので、そこを軸に「できるだけ多く観る」をテーマにスケジュールを組んだところ前述の「2泊3日→2日間東京に戻る→5泊6日」になった。たまたま祝日と被ったりもしていて、結果的に4日分の振休でカバーできた。

この年は「東京にいなければならない日」が決まっていたのでそこを軸にスケジュールを決めたが、その縛りがないときは「休演日+その前後どちらか1日は東京に戻る=出社する」方針で組んでいる。これには色々な理由がある。

  • 初日が木曜だったとして、木金休み月曜休み火水は出社木金休みだと、5日間休んでいるのは変わらないのに月曜~金曜休みよりも仕事のスケジュール合わせがしやすい。「その週まるごといないんです」ではなく「その週は火・水イケます」と言ったほうがなぜか調整がスムーズに進むことが多い。
  • バウだと水曜は休演日で関西にいる意味があまりないので普通に家に帰りたいし出社もしておきたい。
  • 土曜~翌週日曜の8泊9日はまじで無理。体力的にも荷物的にも。

ざっと挙げると以上のような感じだ。わたしとしてはかなり鉄板のスケジューリングなので、これからも何かにつけてこのフォーマットは活用すると思う。

 

遠征内容:あごあしまくら(ご飯と交通機関とホテル)

あご

一人での遠征だったし仕事も結局持って行ったので、現地で普通に電源が取れるカフェに行ったりお好み焼きを焼いてみたりたこ焼きを食べたりした。食の開拓は苦手分野なので、一人でも入りやすいおいしいお店ご存知の方いらしたら教えて欲しいです。ものすごく。

あし

前回の記事にも書きましたがANA派です。陸マイラーをやっています(陸マイラー生活についてもいずれ書くかも)。乗り遅れると焦るから気をつけよう。

fufeta.hatenablog.com

いちおう新幹線もEX-ICを持っていて、東京 - 新大阪だと1回でも乗れば年会費のモトが取れるのでおすすめ。

まくら

いつもはYahoo!トラベルで取ったり旅作で航空券と合わせ技で取ったりしている。平日からの連泊だと初日はよくても土日にかかる2泊目以降がびっくりするほど高くなったりするので1泊ごとにホテルを変えたりしたこともあった。最近は疲れるからやらなくなりましたが…。

ホテルに関しては好みと懐具合によるところがめちゃくちゃ大きいので、「自分が何を許せて何を許せないのか」を把握しておくと楽だなと思った。わたしは水回りのきれいさ優先。あと意識の高いヅカヲタなのでなるべく阪急阪神ホテルズ系列を利用するようにしています。

エリアも色んなところを利用したが、わたしは梅田~淀屋橋あたりが好きなのでよくそのあたりを利用する。正直ムラに家が欲しい。

あ、そうそう、ホテルにコインランドリーがあると3泊超えたくらいからは非常に重宝するので、長期行く予定のときはおすすめです。ホテルはキャンセル料も直前にならないとかからないので、たとえ予定が立たなかったとしてもなるべく早いうちから押さえておくことをおすすめしたい。たまに結構いいホテルが比較的リーズナブルに泊まれる「○日前予約限定!」みたいなプランが出ていたりするし。

 

チケットに関しては「どうにかする」という気持ちで臨むのが一番です。

 

遠征実施

準備さえできてしまえばあとは行くだけである。別にこれといった事件はなかったが、6日間ひとりで関西弁に触れ続けた結果東京に帰った直後標準語のイントネーションが若干不明になったりエスカレーターで左右どちらに乗ったらいいのかわからなくなったりした。そして観劇しているとき以外はほとんど仕事をしていたので観光的なことは全く以ってしませんでした。

贔屓は最高の最高でした。5泊6日の甲斐がありました。ただし死ぬほど疲れたのでもうやめよう…と思っていたのに、冒頭にも書いたとおりその翌年にも大型の遠征を組んでしまうのだった。バウホールの魅力恐るべし…。

飛行機に乗り遅れた話

今日はムラでお茶会だ。

わたしは東京に住んでいるので、ムラでの公演を観たりイベントに参加したりするには遠征をすることになる。

独身でスケジュールも比較的自由になる(というかスマホとPCさえあればだいたいどこでも仕事ができる)職業という身分をフルに活用して、どの公演でも初日・お茶会・千穐楽の3回を目安に遠征をしている。泊数はまちまちだが、贔屓がバウ主演をしたときは躊躇なく4泊5日×2セットをキメた。仕事はリモートワークとかを活用してなんとかした。インターネット環境の発達には感謝しかない。

そのときの話はまたおいおい書くとして、その移動に使っているのはだいたいの場合飛行機だ。

新幹線の方が安いんじゃないかと思われがちだが、飛行機は意外と安い。特にかなり早い時間の便を75日前とかに取ると羽田-伊丹間で1万円を余裕で切る。あとANAJALに比べて陸でもマイルが貯めやすいので、わたしは専らANAを使っている。

 

そして今回、その飛行機に乗り遅れた。

 

経緯

 …と書いたものの、別に大した経緯は無い。

たまたま仕事がめちゃくちゃに忙しい時期と遠征が被ってしまい(繁忙期というものがない仕事なのでいつ忙しくなるかが予測できないのだ)、前日深夜まで会社で打ち合わせに勤しんでいた結果寝るのが遅くなって寝坊したというただそれだけだ。その打ち合わせは休日出勤のもと開催されていたので恨みしか残らない。土曜朝の便は危ないと思って日曜朝入りにしたわたしの配慮がパァである。

地獄のような打ち合わせを終え、家に辿り着いたときから薄々嫌な予感はしていた。飛行機は7時に離陸するから遅くとも6時少し前には家を出なければならない。そして今は1時半。更にわたしは滅法朝に弱いと来ている。「いっそ寝ない方が」とも思ったが、お茶会中に眠くなるのだけは避けたかった(※今思えばお茶会というだけで変なテンションになって眠くなることなどありえないのだが)。結果、少しの不安を残しつつ、わたしは寝ることを選んだ。これがいけなかった。

目が覚めたのは6時半。時計を見て最初に出た言葉は「うわまじか」である。人間本当にヤバいと思うと面白いことの一つも言えなくなるのだ。というかそんな面白いことがどうとかを考えている場合ではない。チケット出しは10時半に始まる。なんとかそれまでに、つまりあと4時間で宝塚大劇場に辿り着かなければならない。

 

選択

タカラヅカに向かうに当たって、飛行機に乗り遅れた(乗り遅れることが確定した)場合の対処にはいくつか選択肢がある。

 

  1. 乗る予定の飛行機が出発前であれば電話して予約を変更してもらう(※変更可能な航空券のみ)
  2. 別の飛行機を取り直す
  3. 新幹線を使う 
  4. 全てを諦める

 

今回わたしは割引料金で航空券を取っていたため、1の選択肢は取れない。あと4とかまじ有り得ない、だってわたしのための座席はもう用意されているのだ。残された2と3について、どちらを取るかの選択だった。

 

  • 新幹線なら1.3万円くらい、飛行機だと2.5万円くらい
  • 新幹線は2.5時間くらいかかる、飛行機なら1時間程度で着く
  • 羽田空港までは家から50分くらい、東京駅までは20分くらい
  • 伊丹空港から劇場まで、新大阪から劇場まではいずれもおよそ30分強

 

ざっと以上のような条件だが、わたしは慌てていたし急いでもいたので即座に乗換案内で検索をした。

https://itunes.apple.com/jp/app/乗換案内/id299490481?mt=8

 

慌てていたのでいつもならあまりしない自宅の最寄り駅⇒宝塚というばっくりした検索指定。それが良かったらしい、最近の乗換案内はすごくて飛行機を使った方が早いのか新幹線でも間に合うのかを出してくれる。そのうえ航空券の空席照会ページへのリンクも付いている。検索結果を見たら、新幹線だとかなりリスクが高いとのことだった。一方飛行機なら8:30の便に乗れば間に合う。これしかない!

即座にわたしは飛行機を予約した。2.5万円くらいが消えていったが、もう睡眠時間を買ったと思うしかなかった。大丈夫、わたしの睡眠にはそのくらいの価値はある。

このとき6時50分頃。8時に羽田に入るには間もなく家を出る必要があったが、荷造りもしていないしなにより今日はお茶会なので風呂に入っていないとかあり得ない。前夜疲労に負けて風呂に入らず気絶してしまったので、身繕いの時間も取りたかった。もういい、羽田にはタクシーで行く(所要時間30分程度)。これでだいたい40分は稼げた。

11時公演を観てソワレは観ずにお茶会だから、着替えやメイクはホテルでできる。とりあえずシャワーを浴びてそのへんの遠征グッズを掻き集め、わたしは家を飛び出した。

 

結果

公演には普通に間に合った。贔屓は今日もあまりに可愛かった。日頃飲んでいるサプリは全部家に置いて来たが、別に1日飲まなかったところで死ぬわけではないので不問とする。それ以外は愛用のリップを忘れて来たくらいで、これもむしろ新しい色を試したかったタイミングだったので買う口実ができてよかった。前週も使った遠征バッグを片付けていなかったのが功を奏して「忘れたら死ぬ」みたいなものはだいたい忘れずに済んだ。それで言うと今の世の中、忘れたら死ぬなんてものはほとんどないのかもしれないけど。

 

学び

  1. 割引航空券で飛行機に乗り遅れたときはとにかく一回乗換案内
  2. 「開場時間に間に合うならば金に糸目はつけない」という腹の括り方が重要
  3. 「金に糸目はつけない」という判断を下すためにも、日頃の節制は大事
  4. ときにはズボラも身を助ける
  5. とにかくなんとかするという気概と金

あとやっぱりマツエクは超便利。まつげがあるだけでだいぶ顔にメイク感が出るので、もうマツエク無しでは生きられないしまつげの育毛に励みたいと思います。

 

現場からは以上です。お茶会に行ってきます。

 

〈2/19追記〉

贔屓のお茶会は素晴らしかった。素晴らしく美しく素晴らしく可愛く素晴らしく真面目で、少しずつ我々の前で自然体を見せられるようになってきている、そんな彼女が神々しくて同じ空間の空気を吸えたことが奇跡だと思った。

そんなお茶会気分を引きずったまま伊丹空港で保安検査場を通過しようとしたら、なんとエラーが発生。よく分からないままカウンターに回され、「あの…保安検査場で止まってしまって……」と恐る恐る申し出ると係の人は端末で情報を確認しながら言った。

「あ、行きの飛行機乗られてませんか?」

「(ヒェッ…)アッ…そうなんですすみません…」

「行きに乗られてないとご本人確認が必要なんです(手早い処理)、こちらで通ってください」

「ア……すみませんでした………」

というわけで、空席を作ってしまったということに極端に弱いヅカヲタのメンタルにはかなりキツいやりとりを経ないと帰りの飛行機に乗れないのである。(キャンセル待ちで埋まっていたとしても、なんか気持ち的にキツい)あと出発時間が迫っているとマジで焦るので、旅作で航空券を取った人は寝坊にはほんと気を付けましょう!!!(泣)

初めての入り待ち

タカラヅカにハマる前は永らく二次元界隈に住み着いていたので、贔屓が生きているということそのものに慣れていなかった。

贔屓から自分に対してなんらかのリアクションがあるかもしれない、そんな自意識過剰気味の懸念がしばらくはとても怖くて、お茶会前には大騒ぎのち黙り込むという情緒不安定さだったし、ましてや入り待ち出待ちなんてとんでもなかった。

 

入り待ちに参加しようと思ったのは、贔屓の発言きっかけだ。

「いつも待っていてくれて嬉しい、ありがとう」

そんなようなことを言う彼女を見て、ああこの人は多くの人に入り出に参加してほしいんだなと感じた。

わたしの贔屓は真面目で人見知りで、ファンサービスのために心にもないことを言うのが苦手なひとだから、きっとこの言葉も100%ではないかもしれないが彼女の本心なのだろう。

贔屓が喜ぶなら仕方がない、相手が生きているというのは常にお互い傷付けあう危険性があるということだけれども、そのかわり自分の行動で相手を喜ばすことだってできるのだ。

ファンになってからおよそ3年、ようやくわたしは贔屓の実在に慣れつつあった。

 

入り待ちに向けて

入待ちをすると決めてから、わたしはまず自分のメンテナンスに取り掛かった。

接触は一瞬だけれども、そのわずかな間でも贔屓の視界にノイズとして残りたくない。

あわよくば「わたしのファンってきれいな人多いんだよね」と思ってほしい。

タカラヅカなどという美の園に自ら入った美の結晶みたいな人だから、きれいにしていって少なくとも不愉快にはさせないだろう、そんな気持ちだった。

やったことの内容は具体的には以下の通りだ。

 

  • まつげエクステ
  • 本気めの筋トレ
  • ヘアサロンでのカット・カラー・パーマ
  • ピアスの新調
  • ネイル塗り直し

 

並べてみると大したことないな。でも自分比では結構頑張った方だった。

やったことの多くが顔周辺に集中しているが、これには理由がある。

 

入り待ち時、首には会服を巻いている

当たり前のことだが、とても重要なこの事実。

首に会服を巻いているということは上半身はほとんど贔屓から見えない、しかも贔屓が来るときはしゃがんでいるため、下半身もほぼ全く見えない。

つまり、顔およびその周囲+お手紙を渡す手元だけきちんとしていればOKなのだ!

洋服を含めて全身ちゃんとしようとすると手間もお金もかかりまくるけれども、入り待ちに限って言えば顔周りだけなんとかすればいい。なんて効率的なんだ……

 

というわけで一番大事なのは髪の手入れ、そしてその次にスキンケア+メイクだという結論に達したわけです。

なぜ髪が肌より大事かというと、顔のフレームを作るのが髪型だからである(これについてはもっと詳しく書いてある記事がありそうなので、検索してください)。

あと髪質は清潔感に直結する気がする。

アクセサリーはほんとにほぼ見えないので、わたしはピアスで華やかさをプラスすることにした。

髪が短いので大きいピアスは見栄えするというのも理由の一つだ。

ちなみに筋トレもしたが、入り出待ちでは立ったり座ったりするのでそういう意味ではすごくよかった。別に体型にはそこまで影響しなかったけど。

 

お手紙を書く

さて、自分自身の準備ができたら次はお手紙だ。

これは女子ドルと兼ヲタの友人と話していたことなのだが、まず前提として彼女たちは日々夥しい量のお手紙を受け取っている。

お稽古や舞台やお仕事で忙しい中でその全てを熟読するのは物理的に無理、でも一つ一つを読み飛ばすことに小さな罪悪感を覚えたりすることもあるだろう…というちょっと重めの忖度を発揮し、われわれが辿り着いたのは「なるべくサラッと読めてポジティブな内容がベスト」というまあごくごく普通の結論だった。でも、これが真理だと思う。

わたしは趣味で漫画を描くので、わりと悩んだ結果「今回の舞台のここが好き」というイラストを描くことにした。

これなら文字よりもすぐ伝わって、こちらもネタ切れに困らない。彼女の好きなところなんて無限にある。

※「これが伝えたい!」みたいなことがある人はそれを素直に書くのが一番だと思います。わたしの場合はご本人にお伝えできるような真っ当な感想があまり手持ちになかったので(言語化するとすべて「可愛い」になってしまう)結局イラストという手段を採用するに至りました。

 

いざ、入り待ちへ

諸々の準備が整ったのであとは当日入り待ちに向かうだけ。

脳内シミュレーションも万全にしているはずなのに勝手にテンポを巻いてくる心臓を叱咤しながら、わたしは集合場所に向かった。

で、そのあとはもうごく普通に緊張する暇もなく列に並び会服を身につけ指示通りに立ったりしゃがんだり走ったりして、やってきた贔屓にお手紙を渡し(人数が多いし内気な人なのもあって特になにかがあるわけでもなくすごく普通に回収された)、おしゃべりが得意ではない彼女が少しはにかみながら一言二言挨拶するのをニヤニヤしながら聞き「行ってらっしゃ〜い」と手を振って普通に解散しました。

あまりに流れ作業、だけどそれで精神的にはとっても助かった。

あれ以上の接触はわたしには無理だなあと思ったし、逆にあれなら毎日でもイケちゃう!って気分。

 

結局仕事の都合とか自分の寝起きの悪さとかとの兼ね合いもあってその公演中入り待ちをしたのは5回に満たないくらいだった。

でも、彼女が「嬉しい」と言ってくれることに少しでも参加できたのは自分の中で大きな出来事だったし、「やったことがない」ことが減ったのにもなんだか嬉しくなる。

なにぶん贔屓に似て内気な性格なもので同じ会にお友だちがおらず、それで少し日和ってしまうところもあるのだけれど、次の公演では試しに出待ちにもチャレンジしたいなと思ったりしている。

出待ちはだいたい夜だから、目元は気持ち明るめに大きめのラメを使おうかな。

 

またひとつ、贔屓のお陰で人生が楽しくなった。