踊りませんか。

きれいなもの至上主義

タカラヅカと性差別の話

 BADDYが上演されていた頃あたりから、下界では女性の扱いにまつわる嫌なニュースが立て続いているように思う。ここに来て増えたというよりは昔から積み重なったものが雪崩れているだけなのだろうけど、これまで不当に扱われることがほとんどなかった(と思っていられている)わたしでさえも生きづらさを感じざるを得ないし、逆に自分の幸運さを改めて強く感じてもいる。運良く幸せな境遇にいる自分がこの先この国で女性として生きていくうえで何ができるかも最近すごく考えるようになった。仕事のこと、将来のこと、自分に関係することをひとつひとつ拾い上げる中で、わたしの人生において大きなウェイトを占める趣味、タカラヅカについても思いを馳せることがある。

 タカラヅカは女性だけで構成されている劇団であるという点において一見リベラルに見えるけれども、その実相当旧時代的なジェンダー観に支配された集団だとわたしは思っている。そして最近もいくつかの作品が「女性の描き方古すぎ」という文脈で(一部ファンの間では)話題になったように、時代へのキャッチアップが非常に遅い。もちろんそれだけでタカラヅカ全体を否定する気は全くないし、今日も雪組公演を観て「タカラヅカのある世界最高、フォーエバータカラヅカ🙏🙏🙏」と願ったばかりなのだけど、タカラヅカを本当にフォーエバーにするためにはいくつか変わらないといけない部分があるのではないかと思う。

 タカラヅカに関して、性差別という観点からここはポイントになりそうだなと思うところを幾つか挙げてみた。

  1. 入団条件
  2. 上演される作品の内容
  3. 作る側の体制
  4. 男役・女役の扱いの違い

 それぞれについて以下にて考えてみる。その際、「宝塚歌劇団は私企業である阪急電鉄に属する団体であり、利益追求を旨とするものである」ということに留意したい。

 ※一応書いておくけれども、わたしは法律の専門家とかではないのであくまで以下はいち私見だし、自分の中で答えが出ていないこともたくさんあります。こんなことを考えたよという記録だと思って読んでください。

1. 入団条件

 宝塚歌劇団は未婚女性のみによって構成される劇団である。これに関して最初に出る疑問は「なんで男性はダメなんだ」だろう。これについては「採用条件が『女性に限る』と公表されているのだから別に問題ないのでは」とわたしは思っているのだけど、法律的にはどうなのだろうか。タカラヅカの魅力のひとつは「本来女性の身体を持っているはずの男役が日々の研鑽によって得た高い技術を駆使して男性になりきる」ことだ。一般企業が採用の際に「大卒以上」とか「プログラミング経験者」とか条件をつけるのと同じように、「女性の身体を持っている」ことが採用条件であることには問題がないように思える。(※追記:考えてみたら身体が男性か女性かは生まれ持ったときの条件で、大卒やプログラミング経験のような自分でなんとかできる話とは少し違いましたね。どっちかというと女子校に女性しか入れないとかジャニーズには男性アイドルしかいないみたいな話の方が近いのかな)

 どちらかというと気になるのは「未婚」という条件の方だ。別に結婚した・しないで女性としての身体や身につけた技術が変わるわけではないので、結婚していてもいいんじゃないかなあとわたしは思う。妊娠・出産・子育てで舞台に穴が…みたいな話なのかもしれないけど、今のタカラヅカにおけるお休みの極端な少なさを思うと1・2年産育休を取ろうと思えば取れるくらいのスケジュールや人員構成で考えた方が福利厚生的な意味でもいいんじゃないだろうか。結婚すると人気が落ちる、みたいな話もあるんでしょうけどね……。

 でもちょっと考えてみたんですけど、例えば贔屓に結婚したいくらい好きな人がいたとして、わたしは贔屓にめちゃくちゃ幸せになってほしいので男役としての人生も好きな人との人生も諦めて欲しくないなと思いました。外部の演者さんは当たり前だけど結婚していることも多いし、両方取れるようになるのが一番だよなあ、という結論です。

2. 上演される作品の内容

 上でも軽く触れたけれども、最近のタカラヅカは世代交代の過渡期であることもあって「古典」と「(時代の意識を反映した)新作」、そして「(新作なのに意識が)古い作品」の3つ全部がある状態だ。源氏物語に対して今の時代意識で「女性差別だ!」とか言わないように、古典は古典として上演される分には構わない。今も色褪せぬ魅力を持った名作古典作品がタカラヅカにはたくさんあるのだから、そういった名作の再演はウェルカムだ(そればっかりでも困るけど)。そして時代に合った新作もどんどん作られ・評価されていくべきだと思う。問題は「(新作なのに意識が)古い作品」だ。現代を舞台にしているのに女性の扱いが30年前、みたいな作品が世に出てしまわないようにするためのチェック体制を整えた方が良いと思う。阪急電鉄という大企業を母体に持ち、東京宝塚劇場だけでも年間にのべ約70万人を動員するタカラヅカなのだから、そろそろそのあたりをしっかり仕組み化するべきだ。演出家の先生たちの意識だけに任せておくのはあまりに無責任だと思う。

3. 作る側の体制

 月組公演『BADDY〜悪党は月からやって来る』上演の際、ニュースで「女性演出家がショーを作るのは初めて」と聞いて驚いた。演劇界はまだまだ男性優位が根深いとも聞くし、阪急も歴史のある(≒体質が古い)会社だからさもありなんという感じではあるが、にしても今2018年ですけど…!?というのがわたしの感想だ。上田久美子先生にはこの勢いで色んな壁をぶち壊してほしい。

 そもそも演出家の先生って何人くらいいるんだっけ?と思って調べてみたら、デビュー済みの方で27人いた。そのうち女性は4人(植田・小柳・上田・樫畑 ※敬称略)。割合に直すと15%だ。もちろん今後は増えていくと思うが(増えるよね!?)、作る側にこんなに女性が少なきゃ意識のアップデートもなかなかされないわなあ…演じる人は全員女性だし、見る人にも女性が多いのに、なんだかねじれているなと感じる。

4. 男役と女役の扱いの違い

 ここまで色々書いてきたが、わたしはこれが一番気になっている。これを否定する人はいないと思うが、男役と女役(ここでは娘役ではなくあえて女役と書きます)では劇団における扱いが全然違う。全てにおいて男役がメインで、女役はよっぽど高い実力や人気がない限り添え物に近い扱いだ。

 「女性を演じる女役は外部にもいるが、男性を演じる男役はタカラヅカにしかいないから」「男役の方が人気があるから」「女役の方が学年が下だから」そういった理由(のようなもの)があるのは分かる。男役がタカラヅカの売りの一つであることは自分でも上で書いたしそう思う。が、女性だけで構成されたタカラヅカが「男性しか主役になれない舞台」であり続けるのはなんだかおかしいんじゃないだろうかとわたしは思うのだ。そういう意味では先日上演された愛希れいかさん主演の『愛聖女』はとても大きな意義のある作品だったと思う(内容はさておき)。わたしはタカラヅカに、女役が「男役の相手役」ではなく「主演」として立てる舞台であってほしいのだ。女役より男役の方が人気が出にくいのは活躍の場の少なさによる側面もあるのではないかと思う。活躍の場が広がれば、彼女たちのファンも増えるのではないだろうか。

 男役が主演の舞台もあれば、女役が主演の舞台もある。二人が恋に落ちてもいいし落ちなくてもいい。あと、女役トップが男役トップより(かなり)若くないといけないという暗黙の了解ももうなくてもいいんじゃないかと思う。もちろん若くしてトップになる人がいてもいいし、異性を演じる必要がないことから女役の方が仕上がりが速いのも分かるので、その分女役トップの方が若くなる傾向があるのは理解する。ただ、ある程度の年を経て開花するタイプの女役さんがその年次だけでトップになれないのは悲しすぎる。研14でトップになった渚あきさんのような事例が今後増えるといいなと思う。

 

 以上、色々と書きましたが、今現在こう思っているということを書き連ねたので今後変わっていくかもしれません。いずれにしても、タカラヅカや世の中がいい方向に変わっていくことをめちゃくちゃ願っているし、わたしもそのために考えて行動しようと思っています。フォーエバータカラヅカ

 この話は以上です。