退団公演日記 5/9
千穐楽を最大限盛れている自分で迎えたいという気持ちからここ数ヶ月美容への投資を惜しまずにやってきた。で、結果としての感想は「美容にウルトラCなし」である。たっけえ美容医療とか鍼とかトリートメントとかするより基本に忠実に規定量使うとか規定時間寝かすとか早く寝るとか食事内容をクリーンにするとか日焼け止めを塗り直すとかの方が効果を感じた。もちろん使う剤がなんでもいいってことはないのだろうが(たとえば300円のシャンプーを規定量使ってヘアケア効果を感じるのかはさすがに分からない)、仮にサロン専売の多少いいヘアケア剤を買ったところでサロントリートメントと比較したら一回あたりはたかが知れた金額である。「この施術さえすれば土台がガタガタでも一発逆転できる!」というウルトラCは存在しなくて、とにかく使う剤はそれなりでもめんどくさいステップを一つずつ丁寧にやってくのが一番なんだな……と実感したのであった。美容ってめんどくさい!
でもこの取り組みのお蔭でほんのり体力が向上しておりそのおかげでこのハードな遠征祭を乗り越えられた気がする。あと、「結局地味な基礎こそ重要」ということを改めて教訓として胸に刻めたのは今後の人生において重要なことだったと感じている。すべては贔屓のお蔭である。いやほんとに。感謝の念は尽きない。前半戦終了まであと3日、感謝の念とともに走り抜けたい。
画像はわたしのここ最近の夕食。カロリーコントロールとむくみ対策ガチってるのでこんな感じ。ホテルの狭いデスクのためパソコンの横で食べているのもあって夢のなさすぎる食生活である。(※朝と昼はわりとしっかり食べてるし栄養バランス考えてメニュー組んでるので健康を害してはいません)

退団公演日記 5/8
正体のよく分からない焦燥感のある今日この頃である。頭の中を漠然とした不安がぐるぐるしており、結果著しく集中力を欠いている。この状態で仕事なんて出来たもんではなく、でも週明けにアポが入っているため資料は今週中に仕上げないと……。早く有休消化に入りたい。つらい。とか言っていても何も解決しないし仕事はやったら確実に終わるしやらなきゃ終わらないので、とりあえずやろう、少なくとも手をつけようという気持ちを整えて劇場を後にし、ホテルに帰着する頃には「やっぱ無理〜」になっている、というのを繰り返している。
この焦燥感はなんなのか本当によくわかっていないが、ひとつあるとしたら千秋楽当日に退める人のファンがどういう動きをしているのか全然知らないことが要因なのではないかと思っている。あんまり友達がいないので、正直白い服を着ているということ以外何も知らない。数少ない友人のご贔屓は退団されている人もいるがちょうどコロナ禍対応真っ盛りの時期だったので色々今とは異なる点が多そうだし、何より個人差も大きそうだし、分からないものにぶつかって行くのは怖い。退団するご当人はどんな気持ちなのだろうか。ほぼ毎公演退団者を見送っているわけでわたしなどよりよっぽど慣れてはいるだろうが、それでも当事者になるのは初めてなわけで、それによる緊張感はあるのだろうなと思う。
退団公演日記 5/7
いよいよ最後の5日である。ここから楽までずっとこっちにいるため、実質最後の遠征だ。ここに来て「ほんとに千穐楽って来るんだ……」という謎の感慨が生まれており、どうにもこうにも落ち着かない。本当にやるの?白服、着るの?
で、何が複雑かと言うとこれからまだ東京があるのである。わたしは東京の人間なのでこれからがむしろ本番であり、観劇回数もなんならまだ全体の半分にも達していない。まだ前半戦もいいとこなのであるが、このタイミングで白服着てサヨナラショー観て退団セレモニーも観るのはなんとも不思議な気分だ。まだあるんだよな……半分以上……。
とはいえ度重なる遠出で結構身体にはキており、観劇時以外は基本的に帰りたい。帰って寝たい。観劇している間だけは心底楽しいのだが、ムラにもホテルとか民泊とかではない "自分の家" が欲しいものだなあと切実に思う。東京は東京で毎日のように日比谷に行くので大変だと思うが、とはいえホーム戦なのでこちらに有利である(?)。早くこの業(カルマ)を終えたい気持ちと終わるなんて嘘でしょという気持ちと、ついでに贔屓が幸せに退団できるならそれ以上望むことは何もないなという気持ちと、なんだか色々なものが綯い交ぜになってぐちゃぐちゃしている現在である。
退団公演日記 4/12〜4/22
ずいぶん漬け置いたものであるが、なんとなく気持ちを言葉にしたくない時期が来ていた。無理して書くもんでもなし、と放っておいたのだが、ブログという形式はこういうとき気が楽である。昔から個人サイトやらpixivやらも年単位で放置したと思えば突然1ヶ月間毎日更新したりしていた。会社員になってからだいぶムラっ気は改善されたと思っていたが、なんだかんだでやりたいときにしかやれない性分は一生引きずるのかもしれない。
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状況的にどうしても白い服が目につく。楽当日の白服はとっくの昔に用意しているので(決まった瞬間よく行く服屋の店員さんに泣きつき一緒に選んでもらった)今可愛いのに出会ってしまっても逆に困るのだが、なんか今期トレンドカラー白らしいすね?まあSSにはよくあるよね……と思いつつ、なんとなく全身白が目に入るとちょっとセンチメンタルになってしまいそうで警戒もしている。
そんな中、「白を着る」という行為に込められた意味を歴史から紐解く本を見つけたのでジャケ買い。
白の服飾史:人はなぜ「白」を着るのか
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こういうピンポイントな歴史本は知らないことだらけで面白い。テーマ別で章立てされているし章の中で言及される時代があっちこっち飛ぶので歴史を辿るという感じではないが、それでも西欧文化圏を中心とした「白」の意味が様々あって興味深かった。無垢の印象が強いが汚れを際立たせる色でもあり、汚れた白はむしろ堕落や世俗を思わせるというのは言われてみれば確かに、だった。タカラヅカの退団カラーが白になったのは一体どんな経緯があるのだろう。たぶん調べてみたら面白いのだろうし既に本とか論文とかでテーマにされているような気もするが、今のところ調べる余裕は全然ない。

退団公演日記 4/7〜4/11
気持ちの優先順位は公演>ゼルダ姫救出>仕事なのだけれども、この中でどんだけ待たせても大丈夫なのがゼルダ姫の救出だけなので後回しになってしまって悲しい。本当はハイラルと宝塚の往復運動だけしていたい。終わりどきを見失って観劇に差し支えそうなので血の涙を流しながらSwitchを自宅に置いてきています。
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最近旧Twitter現Xでバビバビうるさくて恐縮です。バビントン姉弟が、今アツい。というのも歌劇の座談会で「義理のきょうだいである」という情報を得たからで、いやでも自分に都合がよすぎて妄想かもしれない気がしてきたな……確かに創造神マサツカ先生がおっしゃっていたと思うんですが……今手元に歌劇がなくて(遠征中だから)確認できないが、わたしの妄想でなければどうもあの二人は義姉弟らしいのである。もともとマクシマスの不器用ながらもエゼキエルを奥の方では気遣っているふうの声色にグッときていたので(最後の「姉さん!」がアツい。それまで名前で呼んでたのに最後だけ姉さんかよ〜〜負けを悟ってバビの雪辱とか色んなものが肩から降りちゃってるじゃ〜〜んそしてそういうの降ろしたら「姉さん」呼びなのか〜〜)、義理と聞いては尚更である。恋愛関係になってほしいというわけではなく、やっぱり生まれた時からそこにいる遺伝子的にもほぼ同じ人間と、親族ではあれ多少距離のある人とそれなりに育ってから出会った(※妄想です)のとでは不器用な気遣いの色合いが変わってくるじゃないですか、ねえ。こちらとしては恋でも愛でもなんでも構わないが、マクシマスにとってエゼキエルはぶつかることはあっても大切な人で、そんなエゼキエルがやると決めたなら彼女の身を損なうことがあろうが「やるしかないんだ」であるというのがアツい。メアリー・スチュアートの首飾りを使った呪いにマクシマスがあまり乗り気ではなさそうだったのはきっとエゼキエルの身を案じてのことだろう。あの性格を考えれば止めても無駄だろうからやるしかないが、それでも心配ではあるし最後降霊が失敗に終わったのには少しホッとしたのではないかと思う。「姉さん!」と駆け寄る姿にオペラがつい吸い寄せられ……でも贔屓が反対側にいるので気が散っちゃって困る。
退団公演日記 4/6
羽田空港への便が比較的良いところに住んでいるので遠征の交通は専ら飛行機派である。新大阪から宝塚までのJRは乗り間違えそうで怖いのもあってなかなか新幹線を使おうという気にならない。かれこれ10年ほど東京 - 大阪便に乗りまくっているわけだが、思い返せばいつの頃からか機内WiFiがほぼ全便で使えて当たり前になり、紙の機内誌が消え(結構好きだったわりにWEBでは読む気にならない)、事前チェックインのQRコードは細かくなった。贔屓の退団とともに流石に今までほどの頻度では飛行機に乗らなくなると思うので、今後はそういった変化を逐次実感することもなくなるのだなあと思う。別に寂しいまでは行かないが僅かに感慨はある。
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雪月の場面、数回の観劇を経てわたしの中では完全に輝夜姫(男)の場面ということになってしまった。平安時代頃のお衣装を贔屓が着ているとなんだか妄想が走るきらいがあるのだが、出発点がどこであれ結局顔面が美しすぎるせいで世俗の争いに巻き込まれて最終的に出家したり月に帰ったりするので自分の趣味の一貫性に笑ってしまう。だいたいの妄想はすぐ国家を揺るがす陰謀が関わってくるし顔面が美しいと人の欲をぶつけられて大変な目に遭います。輝夜姫(男)も美しすぎるせいでルッキズムに翻弄されなんか色々大変な目に遭った挙句月に帰るんだな……とか妄想しながら見ている。周りの皆さんは迎えに来た月人(つきんちゅ)です。どうでもいいが背景の月が下弦の月から逆回しで満ちていくところに色々深読み&こじつけしがいを感じていいなと思っている。最後に着る打掛?の長さが4mであることを歌劇でもスカステでもおっしゃっていたのであれを見るたびに「あれが4m……」と思う癖もできてしまった。大階段って上ると4mもあるんだ〜という発見もありました。
「直衣着るの初めてなので皆さんに新鮮に見ていただけると思う」とスカステでおっしゃっていて「WELCOME TO TAKARAZUKA東宝のアレは?」と思っていたが、あっちはどうやら束帯らしい。厳密〜!
退団公演日記 4/3〜4/5
わたくしごとだが(ブログも旧Twitter現Xもわたくしごとでしかないのだが)退団公演が終わったら職場を変えることになった。タイミングを合わせたわけではなく本当にたまたま話が来たから乗っかっただけなのだが、新卒から満15年もいた職場(わたしは贔屓と社会人同期なのである)を去るというのは思いの外骨が折れることであった。ありがたいことではあるがめちゃくちゃ引き留めに遭うし、そのための面談インビが飛んでくる度に胃がキュッとなるし。やめると決めることはできるが伝える段になって寂しさに襲われること、他の場所で自分がやっていけるのかという不安、新しい挑戦への期待感、などなどいきなり退団という事象への解像度が上がり、妙な巡り合わせだなあと感じたりもする。一番実感したのはやめると決めてはいても目の前の仕事はそれはそれで普通にいつも通りやれるんだなということで、「退団公演だからといっていつもと変わらない」というのは心からその通りなんだなと思った。時期が近くなってきたらまた違うのだろうか。
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現実の仕事と今後の話とゼルダ姫付き剣士としての仕事との合間に公演についても反芻している。ユリウスのいいところは下心が全然ない、あるいは感じさせないところだと思った。アデーラに縋りつかれたときに肩を抱いてやる腕にシンパシーと連帯が強く感じられるところがいい。「美しくなった」はど直球で口説いてくるじゃん……とは思ったもののあれも思ったことを言っただけという感があり、「美しい」が風景に対するそれに近いというか、アデーラのことをあんまり "女" や "恋愛対象" として扱っていないというか、全体的に「男と女」ではなく「同じものを持った人間と人間」であるから気持ちいいのかもしれない。「あなたと出会って本当に楽になりました」というアデーラの台詞が二人の関係の最大の特徴だと思う。宝塚で描かれる男女はわりと緊張関係にあることが多いと思うのだけど、こういう関係性が描かれるのはすごくいいなと思った。トップコンビの色にも合っていると思う。